日本企業の多くが、「組織文化」と「人づくり」に課題を抱えている。
特に、現場の熱量がものづくりに直結する製造業において、この悩みは深い。
スズキのR&D部門も、まさにその壁に直面していた。
打開の糸口を求めて、同社は電通、電通総研とともに「スズキ未来R&Dプロジェクト」を始動。
社員一人ひとりの情熱や価値を引き出す、組織カルチャーの変革に挑んでいる。
プロジェクトを牽引する4人のキーパーソンが、取り組みの背景と手応えについて語り合った。

山原 多くの経営層の方々からよくご相談いただくことの一つに、企業文化の変革の課題があります。特に製造業では、「新しい価値(製品、サービス、事業)を生み出す上で、まず企業文化と人が変わらなければいけない」と危機感を持たれている経営層が少なくありません。
加藤 スズキのR&D部門も同じ課題を抱えていました。2023年4月に、私が技術統括として設計開発部門に戻った際、設計者たちがどこか自信を失っているように見えたのです。本来、開発の仕事はチャレンジの連続で、失敗がつきものです。それにもかかわらず、失敗を過剰に恐れる空気が蔓延。これは何とかしないとまずいと感じました。
山原 2023年9月に加藤さんと初めてお会いしたとき、その思いを率直に語ってくださったことをよく覚えています。R&D部門は、どんな組織だったのですか。

加藤 バイクやクルマが好きでスズキに入った私にとって、その心臓ともいえるエンジンを開発する仕事は「やりがい」そのものでした。周りを見渡しても、夢中で仕事をしている人ばかりで、当時の設計開発部門は活気に溢れていたと思います。
それから、スズキはお陰様で成長を続けることができ、企業規模が急拡大していきました。それゆえに、個人の裁量範囲や意志決定のスピード感が損なわれてしまった感は否めません。加えて当社の場合は、過去からの検査プロセスの見直しをしなければならない事案があり、コンプライアンス意識が良い意味で過度に高まったこともその要因だと思っています。もちろん、企業としてコンプライアンス遵守は最も重要なことですが、それによって自由闊達な社風、挑戦する風土までが損なわれてしまっては元も子もありません。守るべきものと変えるべきところは、しっかり見定める必要があります。
山原 実際、外部の調査データでも、スズキさんは若手の成長環境への評価は他社に比べて高く、また法令遵守のスコアも高い。その一方で、社内の相互尊重やつながり、そして社内の風通しのよさの面では課題があるように感じました。
加藤 情熱をもって入社した若い技術者たちも、いつしか仕事が「単なる仕事」になり、「やりがい」を見失ってしまうのでしょう。私も若い頃に同じ経験をしたので、よく分かります。だからこそ何とかしたいと考え、電通さんにご相談したのです。
山原 ありがとうございます。今回ご相談を受け、2024年に提案させていただいたのが、「スズキ未来R&Dプロジェクト」です。これは、スズキさんが唱える技術戦略「エネルギー極少化」を実現するため、R&D部門の意識、行動、習慣を変え、新たな挑戦と価値が生まれ続ける組織文化への進化を目指すプロジェクト。名称には、ものづくりを通じて「未来そのものをR&Dする」という意味を込めました。


山原 プロジェクトを始めるにあたっては、社内の約50人の本部長・部長への1on1インタビューや、課長、係長の皆さまとのセッションを行い、徹底的に課題や今後に向けたアイデアを議論しました。
そこで出てきた声をすべて分析し、最終的に12の大きな課題のまとまりに集約したのですが、実はその段階では「どの企業にもありそうな課題群」にしかなっていませんでした。
藤本 加藤さん、角野さんに最初にご報告・議論した時にも、最初はお二人も「なんとなく想像通り」というご反応でした。それを元に、また「スズキの文化を表す象徴的なエピソード」や「スズキの文化がそうなった具体的な理由」など、より深い、具体の話を進めていきました。
山原 企業文化のプロジェクトでは起きやすいことなのですが、ヒアリングを通して課題をまとめると、どの企業でも聞いたことがあるような一般的な課題にまとまりがちです。ですが、課題の背後にある理由を深掘っていくと、その企業ならではの真の課題が浮かび上がってきます。社員からは当たり前になってしまっているさまざまな障壁、「見えない壁」をどこまで探り当てられるかが、その後のプロジェクトの中身にとって非常に重要になります。
スズキさんの場合はこれまで「小さな組織」で「大きな価値を生み出す」ことを大切にされてきました。ところが企業規模が大きくなることで、本来の良さが十分に発揮できない事象が増えてきました。
今改めて、規模は大きくてもアジャイルで筋肉質、人の距離が近い組織へと進化し、世の中にさらに大きな価値を生み出していく。この「小(少)と大」というモチーフは、「エネルギー極少化。人の熱量、極大化。」というコンセプトや、ロゴの開発にも活かさせていただきました。

角野 私はインド駐在から戻ってすぐプロジェクトに合流したのですが、その内容には衝撃を受けました。スズキが目指す「エネルギー極少化」の開発スピリットを「人の熱量、極大化」に重ねたコンセプトと、「未来」という文字の中に「小(少)」と「大」を内包させるロゴ。それこそがスズキのあるべき姿であり、ここから未来を創っていくんだという想いが見事に表現されていました。
加藤 電通さんの凄いところは、何気ない対話やエピソードの中から、本質を上手く拾い上げ言葉にしてくれるところ。私たちがうまく言語化できない部分まで整理し、表現してもらえたのはありがたかったですね。
社内の暗黙知とか企業文化のようなところは、なかなか自分たちで言語化しにくい。電通さんは、深い洞察力と同時に、我々の社員含めて多くのメンバーとしっかりとコミュニケーションをとっていただいたことで、本質をしっかり見抜いてくださったのがよかったと思っています。
角野 プロジェクトの名前やロゴが、単なるスローガンに留まらず、一人ひとりのマインドセットを変えていく起点になっている。広告領域で培ってきた、人の心を掴むクリエイティビティやコミュニケーション戦略は、企業文化変革にも活用できるんだと、身をもって実感しました。

藤本 企業文化は、「変えるべきこと」と、「変えてはいけない、守るべきこと」があると考えています。後者は企業のDNAとも呼べるものだと思います。スズキさんが培ってこられた企業文化について教えてください。

加藤 スズキの本質的価値を見つめ、しっかりと守り育てていくこと。それは、「小・少・軽・短・美※」を極めることに他なりません。この開発思想には、過度な装飾や過剰な機能ではなく、必要なものを必要なだけ、研ぎ澄まされた形で提供していくという創業以来の理念が込められているのです。
藤本 今回のプロジェクトで我々が重視してきたのは、「スズキらしさ」に根ざした変革をどう実現するかという点でした。
山原 「らしさ」や企業文化については、当然お二人の方がよくご存知です。でも外から見ると、スズキさんが当たり前だと思っていることの中にこそ、大きな価値が潜んでいるのです。みなさんの言葉の端々や行動様式からそれを発掘し、言語や仕組みに落とし込んでいくことが、我々の存在意義だと考えています。
加藤 その掘り方も鋭いし、表現もうまい。電通さんには、ハッとさせられる気づきをたくさんいただきました。

角野 スズキのコーポレートスローガンは、「By Your Side」。お客様に寄り添い、本当に必要とされる価値を届けていくためにも、開発の原点に立ち返ることが重要だと考えています。
加藤 原点に戻ることの大切さは、開発現場だけでなく、組織づくりにもいえることです。「スズキ未来R&Dプロジェクト」で目指すのは、技術者の情熱に火をつけ、そのエネルギーを最大限にものづくりへ活かせる環境づくり。その第一歩として取り組んでいるのが、技術者の価値を見える化する「通信簿」の施策です。一人ひとりの強みや目標を明確にすることで、日々の仕事を「やりがい」につなげていきたいという思いがあります。
藤本 個人が生み出す価値が可視化され、内発的な熱量が引き出されると、ものづくりの視座も顧客目線、社会目線へと上がり、アイデアの幅も広がります。そうした技術者たちのバリューが掛け合わされることによって、価値創出型の組織が生まれる。組織が変わることで、人財の価値もさらに高まる。そんな好循環をさらに加速させることが、「スズキ未来R&Dプロジェクト」の狙いです。
角野 視座が高まれば、挑戦によって得られる成功体験もより深く、より大きなものになります。そのインパクトがいろんなところで生まれ、互いに連鎖していけば、とんでもない化学反応が起きるのではないかと、私自身とても期待しています。


藤本 「スズキ未来R&Dプロジェクト」を始動してから約1年半。社内ではどんな取り組みが生まれ、どういった変化が起きていますか?
角野 最初に、社内でプロジェクトを推進する約10名のコアメンバーの選出を行いました。そのときに分かったのは、「会社をもっとよくしたい」と考える社員が少なからずいたということ。変革の兆しはすでにあったのです。まずは彼らと共にポスター制作や施策アイデアの検討を行い、いくつかの取り組みを始めています。
加藤 本気で組織を変革したいというチームがある一方で、まだまだこの取り組みは始まったばかりです。企業文化の変革には時間がかかります。それでも、着実にいい風は吹き始めていると感じています。
藤本 加藤さんや角野さん、さらにはコアメンバー10名と議論を重ね、人の熱量を高め、社内が活性化する仕組みづくりを議論させていただきました。
「組織のエンゲージメントを高める活動とは?」「社員の相互尊重や、縦・横のつながりを活性化するための具体的なアクションは何か?」など、様々な組織文化変革アクションの戦略と戦術について議論し、具体的なアクションプランを一緒に策定させていただきました。
角野 電通さんと一緒につくった社内組織文化変革アクションは様々ありますが、その一つの例が「話しかけてOKフラグ」や「社内オフィスアワー」の浸透ですね。これは上司と部下のコミュニケーションや異なる部署間のやり取りを充実させるために始めました。小さなアクションに見えますが、毎回多くの社員が訪れてくれていて、空気が変わり始めたことがわかります。大切なのは、そこで何を話すかではなく、「何でも話していいんだ」という空気をつくること。それには、こちらが率先してウェルカムな姿勢を見せることが重要です。
本来、スズキの良さは、人と人との距離の近さにあると思っています。社是に「協力一致」という言葉がある通り、部署や立場を超えて自然と協力し合える文化が根付いています。一方で近年は、リスクを恐れて新しいチャレンジに躊躇する傾向も見られることがあり、本来のスズキらしさを失っているように感じていました。

加藤 「怒られるのが怖い」「失敗したくない」という、以前はそういう思いがありました。結果として、挑戦しない、黙ってやり過ごす、といった風潮が高まっていた。これでは、本来のスズキらしさを発揮できません。
藤本 R&Dのメンバーの方々も、より縦と横のつながりが活性化することで、業務の効率化のみならず、新しい発見や価値の創造につながりやすいとおっしゃっていましたよね。
加藤 もちろん、人間同士だから好き嫌いもあります。でも組織の中で活きるためには、ソリを合わせに行く努力も必要です。近づいてみたら、実は意外と相性がよく、そこから新しい共創が生まれることもある。それを促すのも、我々の仕事だと思っています。
角野 そうした施策を積み重ねていった結果、最近では社内に笑っている人が増えた印象があります。会議でも前向きな発言が増え、「それ、いいじゃん」「やってみよう」という雰囲気が出てきました。
山原 私も常日頃、クリエイティビティは、心理的安全性のある組織ではないと生まれにくいと思っています。正しいことを正しくいうよりも、創造性のあることを言う方がよっぽど勇気が要ります。だからこそ、チームの中には安心感がないといけない。その土壌があれば、誰もが思い切って、ユニークな意見やアイデアを話せますし、それが繋がることで、より大きな価値が生まれていくと思っています。
藤本 最後に、この取り組みを経て感じたことや、読者へのメッセージをお聞かせください。
加藤 企業は、人がつくるものです。どんな時代であっても、やりがいをもって働く人たちが集まっている企業はやっぱり強い。そうした組織へと変革するには、現場に期待するだけでなく、まず経営者が意識を変えなくてはいけません。トップが先頭に立って動くことで、社員や組織は少しずつ変わっていくと思っています。
角野 コアメンバーの中にも、加藤さんの「本気」に突き動かされた社員は多くいます。やはりトップの本気は伝わります。自らいろんな人に話しかけ、課題を聞き、具体的な打ち手を重ね始めている。「ものづくり」と「人づくり」を両方本気でやろうとしている。それが社員に伝播し始めている。それを組織全体に広げていくことが、次なるスズキならではの価値創造につながると考えています。
山原 こうした「スズキ未来R&Dプロジェクト」の取り組みは、企業文化変革を推進されている経営層の皆さまに、きっと多くの共感と新たな気づきのあるものだと思います。本日はありがとうございました。
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